『心は燃えていても、体は弱い』(チャペルアワーより)

2016.03.20 Sunday


『心は燃えていても、体は弱い』

 最後の夕食を終えたイエスと弟子たちは、讃美歌をうたいながら、オリーブ山へ向かいました。
 そしてイエスは、弟子たちにこう言いました。
「このさき、わたしが敵につかまって死んだら、あなたがたは、きっと、わたしを信じることをやめてしまうでしょう。」
 すると、弟子のペテロが言いました。
「たとえ、すべての人が信じなくなっても、わたしは、あなたを信じつづけます。」
 イエスは、言いました。
「あなたこそ、明日の夜明けニワトリが二度鳴く前に、わたしのことを三度知らないと言うでしょう。」
 ペテロは、他の弟子たちといっしょになって、言い返しました。
「たとえ、共に死ぬことになっても、あなたを知らないなどということは、ぜったいにありません。」
 オリーブ山のふもとの、ゲツセマネという場所につくと、イエスは弟子たちに言いました。
「わたしが祈っている間、ここで座っていなさい。」
 イエスは、苦しみ、地に伏して祈りました。
「父なる神よ。あなたに、できないことはありません。できることなら、これから、わたしに与えられる試練を取り去ってください。しかし、それが、あなたのお考えならばしたがいます。」
 祈り終えたイエスが、弟子たちのほうを振り返ると、みな眠りこけていました。イエスは言いました。
「心は燃えていても、体は弱い。悪の誘惑に負けないように、目覚めていなさい。そして祈り続けなさい。」
(新約聖書マルコ福音書14章26節から42節による創作)

『あなたは?』
イエスが言った「心は燃えていても、体は弱い」とは、どんな意味でしょうか。
心では十分にわかっているのに、行動がともなわない経験をしたことはないでしょうか。
それぞれの思いを、話し合ってみましょう。

 

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