十字架のイエス(チャペルアワーより)

2018.03.26 Monday


『十字架のイエス』
 敵に捕らえられ、代官屋敷に連れてこられた、イエスの取り調べがはじまりました。しかし、イエスには、何の罪もみつかりませんでした。
 代官は、イエスを釈放したらどうかと、まわりの人に尋ねました。
 すると、イエスをねたんでいた敵たちが、ものすごい勢いで怒り出しました。
「イエスを十字架につけろ。十字架につけろ!」そう言って、大声で叫び続ける人たちに、驚いた代官は
「これは、わたしの責任ではない。お前たちの責任で、十字架につけよ」と命令しました。
 イエスは十字架をかつがされ、されこうべの丘まで歩きました。そして丘の上で、手足を十字架に打ちつけられたのです。
 みはりの役人たちは、イエスをなぐる、けるして、イエスの顔に、つばをはいてこう言いました。
「多くの人を救った、イエスよ。お前がほんとうに神の子なら、自分自身を救ってみろ」
 そして、イエスの服をさいて奪いあいました。
 いばらのかんむりをかぶせられて、体じゅう血まみれの十字架のイエスが、彼らを見て言いました。
「神よ、この人たちをお許しください。彼らは自分が何をしているのか、わからないのです」
 十字架のそばでは、イエスの母マリアと、イエスの教えを受けたマグダラのマリアたち数人の女が、気絶しそうになりながら、イエスを見守っていました。
 十字架の上のイエスは「成しとげられた」と言うと、頭をたれて、その魂は天に召されました。
(新約聖書ルカ福音書22章63節から23章49節、ヨハネ福音書19章30節による創作)

『あなたは?』

「成しとげられた」というイエスの最期の言葉は、どういう意味だと思いますか。
 あなたは自分にひどいことをする人を、許すことができますか。
 イエスは、どうして、自分を侮辱し、自分のものを盗み、自分に暴力を振るい、自分を殺そうとする人たちを、許すことができたのでしょうか。みんなで考えてみましょう。

 

コメント
コメントする
トラックバック
この記事のトラックバックURL