今月の祈り『7月 助け合いの祈り』

2018.07.06 Friday

『愛の神様』
あなたは、わたしたちが共に助け合って
生きるようにつくられました。
わたしたちが、どんな人との交流も、
わずらわしく思わないように、
軽率な言葉で、他の人の心を傷つけないようにさせてください。
ささいなことで、いらいらして、
短気にならないようにお守りください。
わたしたちが、人の欠点ばかりをみて、人を非難することのないように、
怒ることに早く、
ゆるすことに遅くなりませんように。
どうか今日一日、あなたのもたらす
恵みと寛容さを、わたしたちすべての者にお与えください。
(バークレーの祈りより)

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今月の祈り『6月 喜びの祈り』

2018.06.01 Friday

わたしたちのつくりぬし
父なる神様
わたしたちは、あなたから
尊い命をいただきました。そして、
家族と友だちをいただきました。
わたしたちにふさわしい仕事と、
それをする健康もいただきました。
あなたが与えてくださった仕事をして、
家族や友だちといる時には、
笑顔と喜びがあふれます。
つらいときには、なぐさめてもらえます。
わたしたちに喜びを与えてくださった、
あなたに感謝します。
あなたがしてくださったように、
わたしたちが、どんな人にも、
喜びを与えることができますように。

ひとりぼっちの人の友に
なることができますように。
あなたに感謝し、お祈りします。
(バークレーの祈りより)

『不倫の女』(チャペルアワーより)

2018.05.28 Monday

『不倫の女』

 イエスは、世間の人が近づきたがらない重い病気の人や、差別された職業の人とも分けへだてなく付き合い、食事を共にし、希望を語りました。

 そんなイエスの行いが、しだいに人々から評価されてくると、学者たちはイエスを激しくねたみました。そして、どうにかしてイエスの落ち度をみつけて、訴えてやろうとしました。

 ある日、学者たちが一人の女をつれて来て、イエスに問いました。

「先生、この女は不倫の現場でとらえられました。ユダヤの法律では、こういう女には石を投げつけて、打ち殺すことになっています。わたしたちは、どうすべきですか」

 イエスが「女をゆるせ」と言えば法律違反で訴えてやろう。「石を投げよ」と言えば、日頃イエスが教える神の愛とは違うと追求してやろうと思い、学者たちはカッカしてイエスに注目していました。

 イエスは、その場にいた人たち皆に言いました。

「あなた方の中で、罪を犯したことのないものから、この女に石を投げなさい」

 すると、まず年寄りがその場を去り、続いて一人また一人と、女を取り囲んでいた学者たちも野次馬たちも、誰もいなくなりました。

 ひとり残った女に、イエスは言いました。

「わたしも、あなたを裁かない」

(新約聖書ヨハネ福音書8章3節〜11節による創作)

 

『あなたは?』
悪いことをした人は裁かれるべきだと思いますか。

あなたは、イエスのように罪人をゆるすことができますか。

できないとしたら、それはどうしてでしょうか。

(正解はありません)建前ではなく、本音で話し合ってみましょう。

(写真は本文とは関係ありません)

『何が人をけがすのか』(チャペルアワーより)

2018.05.21 Monday

『何が人をけがすのか』

 イエスは、差別されている人や、病気の人たちを訪れて、いつも共に食事をしていました。そして、ひとりひとりに神の希望を伝え、自分を愛するのと同じように人々に愛情を注ぎました。

 でも学者たちは、そんなイエスたちのことが、気にさわってしょうがありません。

 何かイエスたちの行動に落ち度はないかと、いつも目を光らせていました。

 そして「イエスは、けがれた人たちと手も洗わずに食事をしている」などと、なんくせをつけてきました。ユダヤのしきたりでは、食事の前に手を洗わないことは罪だと、学者たちは言うのです。

 イエスは学者たちに、こう言いました。

「あなたたちは、口先では神をうやまっているが、心は神から遠くはなれている。

 人の口から入って、人をけがすものなど、何ひとつありません。そんなものは、いずれ体から出て、便所に流れていくだけです。その反対に、人の心から出るものの、ひとつひとつが人をけがすのです。

 人の悪口を言ったり、ねたんだり、いじわるをしたり、自分だけの利益を考えて行動したり・・・

 これらの悪はみな、人の心から出て、人をけがすものなのです。」

(新約聖書マルコ福音書7章1節から23節による創作)

『あなたは?』
あなたの心から出るものには、どんなものがありますか。良いものも、悪いものも、ありますね。
自分の心から、人をけがすような、悪いものが出そうになったとき、あなたは、どうしますか。
みんなで、話し合ってみましょう。

いやされた女(チャペルアワーより)

2018.05.13 Sunday

『いやされた女』

 ある町に、12年間も出血の止まらない女がいました。医者も治せず、全財産を治療のために使い果たしていました。

 女がつらいのは病気だけでなく、けがれた女として嫌われ、差別されることでした。

 その頃、イエスという人が、自分のようにひどい病気の人のところに来て、癒してくれるという噂を聞きました。

 ある日、町から大きな声がしました。「イエスが来たぞ!」女が外に出ると、すごい人だかりです。

 町じゅうの人が、イエスのまわりに集まっていました。

 女は、せめてイエスの服にでも触れられれば病気は治ると信じて、イエスに向かって走り出しました。

 人垣に飛びこんで、地面に倒れこみ、イエスの服のすそにふれたそのとたんに血が止まり、女は自分が癒されたのを感じました。

 気配を感じたイエスは言いました。

「今、わたしにふれたのは、誰ですか?」

 女は勝手にイエスにふれたことを、叱られるのではないかと、びくびくしていました。しかし、イエスは笑顔で女に言いました。

「あなたの信じる心が、あなたを救ったのだよ。健康を祈っているよ」

 女は病気になって初めて、自分を差別せずに笑顔で祈ってくれる人に出会い、心から癒されたのでした。

(新約聖書マルコ福音書5章25節から34節による創作)

 

『あなたは?』
12年間もわずらっていた、この女の人がいやされたのは、何の力によってだと思いますか。
あなたは、神に祈ることで、病気が治ると信じられますか。
正解はありません。みんなで、正直な思いを話し合ってみましょう。

『永遠に渇くことのない水』(チャペルアワーより)

2018.05.06 Sunday

『永遠に渇くことのない水』
イエスが旅の途中で、サマリアの町を通った時のことです。
歩き疲れたイエスが、町はずれの井戸の前に座ると、ちょうどサマリア人の女が、水を汲みにやって来ました。
イエスは女に頼みました。
「わたしにも、水を飲ませてください」
サマリアの女は驚いて聞き返しました。
「あんたはユダヤ人なのに、どうしてサマリア女のわたしに、水を飲ませてなんて言うんだい。
ユダヤ人は、サマリア人に近寄るとけがれると言って、差別するくせに」
そんな嫌味を言いながら水をくれた女にもイエスは感謝し、ゴクゴクと美味しそうに飲み干して言いました。
「この井戸の水を飲む者は、すぐにまた渇く。しかし、わたしが与える水を飲む者は、永遠に渇くことがない。」
女は町に帰って、サマリア人を差別しないユダヤ人に会ったことに驚いて、みんなに話しました。
町の人たちはイエスを家に泊めて、彼の話を熱心に聞きました。
そうして多くのサマリア人が、自分たちを差別せず、平和と平等を説くイエスの教えに感心して、彼こそが、この世の救い主だと信じたのでした。
(新約聖書ヨハネ福音書4章4節〜15節による創作)

 

『あなたは?』
イエスがサマリアの女に言った『永遠に渇くことのない水』とは、どんなものなのでしょうか。
あなたにも飲むことができるでしょうか。
みんなで考えて、話し合ってみましょう。

 

 

今月の祈り『5月 親切の祈り』

2018.05.01 Tuesday

愛の神様

あなたの助けにより、 今日、十分に働くことができるように させてください。

今日、しなければならないことを、 明日まで、のばすことのないように。

笑顔でしなければならないことを、 不平を言いながらしないように。

人々に最善のことをしなければ、 満足しないようにさせてください。

私たちが、いつでも人々に親切であり、 人々が、私たちといたいと思うように させてください。

今日一日、十分に働き、夕べにあなたから 「よくやった」と言われますように。

あなたの愛により、 この祈りをお聞きください。

(バークレーの祈りより)

『見失った羊』(チャペルアワーより)

2018.04.23 Monday

『見失った羊』
 イエスの話を聞こうと、毎日たくさんの人が集まってきました。
 その中には、重い皮膚病の人や、売春婦、ローマ帝国の手先として働いていた税金の取り立て屋など、世間から忌み嫌われていた人々もいました。
 イエスは、その人たち一人一人に声をかけて、手を取り、時には抱きしめ、共に食事をして、生きる勇気を与えました。
 そのことを知った学者たちは、口々にイエスのことをけなしはじめました。
「こんな、けがらわしい人たちに触れて、食事まで一緒にするなんて、頭がおかしくなったんじゃないか。病気がうつったらどうするんだ。」
 イエスは、学者たちに言いました。
「あなたがたの中で、百匹の羊を飼っている人がいるとします。その中の一匹がいなくなったら、九十九匹を牧場に残しても、見失った一匹を探し回らないでしょうか。
 自分の子供の一人がいなくなったら、どれだけ苦労しても、見つかるまで探し回るのと同じです。
  そして、その子を見つけたら、抱いて帰り食事を与えて、近所の人にこう言うでしょう。
「いなくなった子が見つかったのです。一緒に喜んでください」
 そのように神は、すべての人をわが子として、愛してくださるのです」
(新約聖書ルカ福音書15章1節から7節よる創作)

 

『あなたは?』
よその人で困っている人がいたら、自分の家族のように助けてあげることはできますか。
できないとしたら、その理由は何でしょうか。
素直な気持ちを話し合ってみましょう。

『丈夫な人に医者はいらない』

2018.04.14 Saturday

『丈夫な人に医者はいらない』

イエスが生きていた時代、税金の取り立て屋は、みんなから嫌われていました。
なぜかといえば、決められた税金の額よりも、多くのお金を取り立てて、私腹を肥やす者がいたからです。
取り立て屋のレビは、イエスの教えを信じる正しい人でしたが、いやしい仕事をしている悪い人だと人から思われて、いつも悲しい思いをしていました。
ある日、イエスは街角でレビを見つけて言いました。
「今から、あなたの家に行ってもいいかい」
レビは、うれしくなって近所の人たちみんなに声をかけました。
でも、レビにさそわれて家に来た人といえば、取り立て屋の仲間や遊女たちなど、さげすまれた職業の人たち。そして、目の見えない人や、耳の聞こえない人、口のきけない人など、病気の人たちばかりでした。
その様子をみた学者たちは、イエスに言いました。
「どうしてあなたは、悪い人たちや、きたならしい病気の人と共に食事をするのか。けがらわしい、病気がうつったらどうする」
イエスは、学者たちに言いました。
「丈夫な人に医者はいらない。本当に医者が必要なのは、病気の人です。わたしは、あなたがたが悪人や病人と呼んで、のけ者にしている人たちを救うために来たのです」

(新約聖書マルコ福音書2章14節から17節による創作)


『あなたは?』
病気の人に親切にしてあげることができますか?
反対に、自分が病気になったら、どうしてほしいですか?
みんなで話し合ってみましょう。

『屋根からつるされた男 』(チャペルアワーより)

2018.04.08 Sunday

今週の聖書のお話
『屋根からつるされた男 』

 ある村に、脳卒中の後遺症で、手足が動かなくなった寝たきりの男がいました。

 その男は貧乏な家に生まれて、生きていくために子供の頃から盗みをしていました。

 昔の盗みのバチが当たって歩けなくなったのだと思い込み、リハビリもせず寝たきりの生活を送っていました。

 その頃、イエスが病人を癒やすという噂が広まり、イエスが行く先々には、おおぜいの人々が集まってきました。

 寝たきりの男の友だち4人は、なんとかその男をイエスに治してもらおうと、担架にのせてイエスがいる家まで連れて行きました。ところが、家は玄関まで人がいっぱいで、入ることができません。

 そこで4人は、屋根にのぼって穴を開けて、寝たきりの男を担架ごとイエスの前につり下げました。

 イエスは、寝たきりの男を見つめて言いました。

「安心しなさい。あなたがとらわれている昔の罪は、ゆるされたのです」

 それを聞いた寝たきりの男は、長年の思いわずらいが吹っ切れて、急に体が軽くなったと思うや、その場で立ち上がり、歩いて帰って行ったのでした。
(新約聖書マルコ福音書2章1節から12節による創作)

 

『あなたは?』

やればできるのに、何かのせいにして、自分にはできないと思い込んでいることはないでしょうか。

まわりの人を見て、そう思ったことはありませんか。

みんなで、自分の体験から話し合ってみましょう。