二匹のフレンチブルドッグ

2018.01.15 Monday

「いやぁー、外はずいぶん積もりましたな」

「7年ぶりの大雪らしいですぞ」

「デイサービスの中は、あたたかくて平和ですな」

「ほんとに。笑い声の中で、一日を過ごせるのは、なんとしあわせなことじゃ」

『お腹の減らないパン』

2018.01.14 Sunday

『お腹の減らないパン』
 イエスと弟子たちは、あちこちの貧しい人や、病気や障害で差別されている人のもとへ、パンやぶどう酒を持って訪ね、一緒に食事をして、神の愛と希望を伝え、元気づける活動を続けていました。
 その中から病気が良くなる人が何人も出てくると、イエスは病気を治す人として、また貧しい人を満腹にしてくれる人として有名になってきました。
 そして、イエスは山で5千人の人を満腹にしたという噂が広まると、イエスの教えなど何の興味もないのに「ただでパンをください」という人が、毎日イエスのもとに押しかける始末でした。
 イエスはパンを手にとって、そんな人たちに言いました。
「このパンは、食べてもすぐに腹が減る。しかし、永遠にお腹の減らないパンをあげよう。わたしがそのパンだ。わたしの肉を食べ、わたしの血を飲むものは、決して飢えることがなく、永遠の命を得るのです」
 イエスは、何でもたとえで話しましたが、ただパンを食べたくて来た人や、弟子の多くさえも、そのたとえの意味がわからず
「こんな気持ちの悪い話を聞いていられるか」と言って、逃げていってしまいました。
(新約聖書ヨハネ福音書6章1〜71節による創作)

 

『あなたは?』
イエスの肉を食べ、血を飲むとは、どんなことをたとえて言ったのだと思いますか。
永遠にお腹の減らないパンを、あなたは食べることができるでしょうか。
イエスのたとえの謎を、みんなで考えてみましょう。

 

 

新監督を迎えるオーケストラアンサンブル金沢に望むこと

2018.01.14 Sunday

 オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の新芸術監督に、世界的指揮者マルク・ミンコフスキ氏の就任が発表された。
 ミンコフスキ氏の演奏は、録音では良さが伝わらないと聞いていたが、2012年のOEKとの共演「マ・メール・ロワ」では、決してCDでは聴くことのできない、繊細で豊かな響きを音楽堂で体験し感動した。
 このところOEKの観客数が低迷していると聞くが、わたしも数年前に定期会員をやめた。理由の一つは開演時間だ。平日午後7時開演が多いのだが、これでは仕事を終えて食事をとる暇もない。仕事が長引き、チケットを無駄にしたことも何度かある。
 コンサートを心から楽しむためには、ちょっとオシャレをして会場に入るくらいの時間の余裕がほしい。
 佐渡裕さんが芸術監督を務める兵庫芸術文化センター管弦楽団は、すべての定期演奏会を金・土・日の3公演で行ない、一つの演奏を三度聞くチャンスがある。
 ベルリン・フィルハーモニーでは、通常の定期演奏会の終了後10時半からさらに、「レイト・ナイト」コンサートを行なっている。
 一人でも多くの人に演奏を聴いてもらうために、石川県立音楽堂でもスケジュールを工夫し、OEKとミンコフスキの名演を、決して宝の持ち腐れにしないでほしい。

(2018年1月13日北陸中日新聞『発言』に掲載の添削前の原文)

1分で読める聖書の話(もくじ)

2018.01.10 Wednesday

○リビングデイサービスのチャペルアワーで、みんなで声を出して読んでいる、短い聖書のお話を一覧にまとめてみました。

○デイサービスのお年寄りと職員が理解し、一緒に声を出して読めるように、聖書を大胆に意訳・創作しています。
○お話のあとにある『あなたは?』は、そのお話が、自分にとってどう関わりがあるかを、話し合うための問いかけです。
(正解はありません。自由に意見を交わします)

 

○イエスのいやし

天使の池で ヨハネ5:1

屋根からつるされた男 マルコ2:1

丈夫な人に医者はいらない マルコ2:14

見失った羊 ルカ15:1

たった一人が感謝した ルカ17:11

永遠に渇くことのない水 ヨハネ4:4

いやされた女 マルコ5:25

何が人を汚すのか マルコ7:14

不倫の女 ヨハネ8:3

ナルドの香油 ルカ7:36

善いほうを選んだマリア ルカ10:38

金持ちとラザロ ルカ16:19

 

○イエスの教え

神殿から商人を追い出す ヨハネ2:13

岩の上に建てた家 マタイ7:24

もう一度生まれる ヨハネ3:1

低くすれば高められる ルカ14:7

ほんとうの家族 マルコ3:20

かしこい管理人 ルカ16:1

タネが大きく育つには マルコ4:1

神の国とカラシのタネ マルコ4:26

沈みかけた舟 マルコ4:35

故郷で受け入れられない マルコ6:1

貧しい人は幸いです マタイ5:1

地の塩世の光 マタイ5:13

今すぐ仲直りしなさい マタイ5:21

敵のために祈りなさい マタイ5:48

ラクダが針の穴を通る マルコ10:17

たとえ目を失っても マタイ5:27

良いことは隠れてしなさい マタイ6:1

あとの者が先になる マタイ20:1

誓ってはならない マタイ5:33

すり切れない財布 マタイ6:19

野に咲く花のように マタイ6:25

人の目のおがくず マタイ7:3

求めなさい マタイ7:7

良い木は良い実を結ぶ マタイ7:17

子供たちを来させなさい マルコ10:13

母の願い マタイ20:20

税金は納めるべきか マルコ12:13

人をゆるしなさい マタイ18:21

うぬぼれる者は ルカ18:9

貧しい老婆の献金 マルコ12:41

よいサマリア人 ルカ10:25

お腹の減らないパン ヨハネ6:1

どうやって祈る ルカ11:1
 

○イエスと十字架

弟子たちの足を洗う ヨハネ13:1

イエスの友だち ヨハネ15:1

ユダの裏切り マタイ26:47

心は燃えていても体は弱い マルコ14:26

剣を持つ者は剣で滅ぶ マタイ26:47

イエスを三度知らないと言う マルコ14:66

十字架のイエス ルカ22:63


○みなさんもぜひ、ここにあるお話を、お友達やご家族と一緒に、声を合わせて読み、感じたことを語り合ってみてください。

ひとりで読んだときにはわからなかった、新たな発見がきっとあると思います。

 

今月の祈り 今月の讃美歌
1月 新年の祈り

主の招く声が

讃美歌21 516番

2月 ある病人の祈り

主よおいでください

讃美歌21 43-3番

3月 働きの祈り

球根の中には(

讃美歌21 575番

4月 恵みの祈り

どんなときでも

讃美歌21 533番

5月 親切の祈り

ガリラヤの村を

讃美歌21 105番

6月 喜びの祈り

愛する二人に

讃美歌21 104番

7月 助け合いの祈り

飢えている人と

讃美歌21 486番

8月 夏の日の祈り

キリストの腕は

讃美歌21 413番

9月 収穫の祈り

人は畑をよく耕し

讃美歌21 386番

10月 みちびきの祈り

真実に清く生きたい

讃美歌21 520番

11月 支え合いの祈り

やさしい目が

讃美歌21 470番

12月 クリスマスの祈り

ここにわたしはいます

讃美歌21 563番

たとえ二人、三人でも、わたし(イエス)の名のもとに集まる人たちと、共にわたしはいます

(マタイによる福音書18章20節より)

求めさない。そうすれば与えられます。(チャペルアワーより)

2018.01.05 Friday

『求めなさい、そうすれば与えられます』


「わたしなんか、何をしてもダメ。神様に祈ったって、なんの意味もないよ。どんな願い事をしたって、かなうはずがない」と言って、最初からあきらめて、いじけている人がいました。
 イエスは、そんな人のそばに行って、こう言いました。
「あきらめずに祈り、求めなさい。そうすれば、きっと与えられます。探しなさい。そうすれば、きっと見つかります。門をたたきなさい、そうすれば、いつかきっと扉は開きます」
 そして、このようにも言いました。
「パンをほしがる子供に、石をあたえる親がいますか。魚が食べたいという子供に、ヘビを出す親がいますか。卵が好きな子供に、サソリをあたえる親がいるでしょうか。
 どんな悪人でも、自分の子には良いものを与えようとします。それなら、わたしたちの天の父である神様が、一生懸命に祈るわたしたちに、どうして、良いものをくださらないでしょうか」
 のちにイエスの弟子は、こうも書いています。「求めても、与えられないのは、人のことを考えずに、自分の欲のためだけに祈っているからです」
(新約聖書マタイ福音書7章7節〜11節、ルカ福音書11章9節〜13節、ヤコブの手紙4章3節からの創作)

 

『あなたは?』
今の、一番の願い事は何ですか。
それは、どうしたらかなうと思いますか。

どんなふうに祈ったらいいでしょうか?
みんなで考えを出し合って、話し合ってみましょう。

『新年の祈り』

2018.01.01 Monday

今年もまた、家族や友人たちとともに、
新たな年を迎えることができました。
心から、感謝します。
この一年が、平和でありますように。
わたしたち、一人ひとりを、
病気から守り、健康を与えてください。
そして、わたしたちが、自分のことだけでなく、
自分とは、考えや習慣が違う人のことも、
思いやって、行動することができますように。
イエス様。あなたが、重い病気の人や、
差別されている人、一人ぼっちの人と、
いつも寄り添っておられたように、
わたしたちみんなが、人をわけへだてせず、
助け合って生きていくことができますように。
わたしたちを、いつも見守り、導いてくださる、
あなたの愛に感謝して、お祈りいたします。

クリスマスの祈り

2017.12.23 Saturday

『クリスマスの祈り』

12月の街は、にぎやかです。

大きなクリスマスツリーに、

まばゆいイルミネーション。

子供たちは、サンタさんからの

プレゼントを楽しみに待っています。

救い主が生まれた、その夜を祝って

家族が食卓を囲み、みんなで

幸せにケーキを分かち合います。

でも、そんな夜にも、

仕事をしている人がいます。

病室で過ごす人がいます。

戦場でおびえる人がいます。

一人ぼっちの人がいます。

そんなみんなのことを、どうか、

私たちが忘れないようにしてください。

神様。あなたが、

みんなと一緒にいてくださいますように。

JUGEMテーマ:クリスマス

地の塩、世の光(チャペルアワーより)

2017.12.18 Monday

『地の塩、世の光』
 イエスは、教えを求めて集まった人々に、こう語りかけました。

「あなた方は、地の塩です。
塩は、食べ物のおいしい味を引き出し、腐るのを防ぎます。
あなたがたも、人の良いところを引き出し、世の中の腐敗を防ぐ、塩となりなさい。
もしも、塩が塩味をなくしてしまったら、どうなるでしょう。
塩気のない塩は、何の役にも立ちません。ただのゴミとして、投げ捨てられてしまうでしょう。
あなたがたは、世の光です。
暗く沈んでいる人のとなりに行って、明るく元気づけてあげなさい。
明るく輝くランプを、わざわざテーブルの下に置く人はいないでしょう。
ランプをテーブルの上におけば、部屋じゅうの人を照らすことができます。
さあ、あなたの明るい笑顔を、人々の前に輝かせなさい。
神があたえてくださった、一人ひとりの心の中にある、明るい光を、一人でも多くの人に届けるのです」

(新約聖書マタイ福音書5章13節〜14節による創作)


『あなたは?』

 ̄をどんな料理に使いますか。その時、塩はどんな役割を果たしますか。
△錣燭靴燭舛地の塩、世の光になるとは、どんな意味だと思いますか。塩と光のたとえから、イエスはわたしたちに、どんな働きを求めているのでしょうか。みんなで考えてみましょう。

たった一人が感謝した(チャペルアワーより)

2017.12.09 Saturday

『たった一人が感謝した』
旅の途中のイエスに向かって、収容所から逃げ出した、十人の重い皮膚病の男たちが近づいてきました。
「俺たちの病気を治してください。病気が治らないと、収容所から家に帰る許可がもらえないのです。」と、男たちは叫んでいます。イエスは、男たちに言いました。
「すぐに、病院へ行きなさい。そこで診断書をもらって、家に帰るお許しをもらいなさい」
男たちは、まだ病気が治っていませんでした。しかし、救い主イエスが、そう言うのなら、きっとその通りになると信じて、十人は病院へと歩き出しました。
すると、その道の途中で、本当に十人全員の病気が治ってしまったのです。
そのうちの九人はすぐに病院で診断書をもらって、元の家に戻りました。
さて、残りの一人はどうしたでしょう?
その一人は、イエスのところへ飛んで帰って、ひざまずいて感謝を捧げたのです。
「あなたの信じる心が、あなたを救ったのだよ」
イエスはそう言って、その男を優しく送り出しました。
九人は体だけは清められて、元通りの生活に戻りました。たった一人だけ、イエスに感謝を捧げた男は、体だけでなく、心も清められて、それまでとは全く違う、新しい人生を始めたのです。
(新約聖書ルカ福音書17章11から19節による創作)

 

『あなたは?』
感謝しなければならない相手に、感謝をし忘れていることはないでしょうか。
ほかの人の意見も参考に、普段の自分を振り返ってみましょう。

『よいサマリア人』(チャペルアワーより)

2017.12.08 Friday

『よいサマリア人』
 あるユダヤの旅人が、旅の途中で峠の山道を通ったとき、強盗に襲われました。
 強盗は旅人が動けなくなるまでなぐりつけ、お金をとって逃げていきました。
 その道を、ある坊さんが通りかかりました。しかし倒れている旅人を見て見ぬ振りをして、道の反対側を通り過ぎて行きました。
 次に、一人の政治家がその道を通りました。でも、血を流している旅人を見ないようにして、通り過ぎてしまいました。
 そのあと、当時ユダヤ人から差別されていたサマリア人が、その道を通りました。

 サマリア人は、旅人をみてかわいそうに思いました。駆け寄って応急処置をして、自分のロバに乗せて宿屋へ連れて行き、介抱してやりました。
 翌朝、サマリア人は宿屋に2日分の宿代を渡して言いました「この人のケガが治るまで介抱してあげてください。もっと、お金がかかるようなら、あとでわたしが払いにきます」
 聖書には「永遠の命を得るには、心を尽くして、思いを尽くして、あなたの隣人を、あなた自身のように愛しなさい」と書かれています。坊さんと政治家とサマリア人の三人の中で、誰が傷ついた旅人の隣人になったと思いますか?
 イエス・キリストは言いました。
「あなたも、傷ついた人のところへ行って、よいサマリアの人と同じようにしなさい」
(新約聖書ルカによる福音書 10章25~37節による創作)

 

『あなたは?』
この話を聞いて、あなたは身近な“誰”を助けたいと思いましたか。
自分の近くに、傷ついている人がいるのに、気づいていないということはないでしょうか。
みんなで、率直な意見を話し合ってみましょう。